タラタラしてんじゃねえよ

悩み多き美大生の随筆に近いブログ

ウェルカムようこそ

 

もう自分で自分を苦しめるのは辞めようと。

 

環境ではなく自らを苦しめて飛躍的に良くなっことなどなかった

 

すごく悲しく、愚かで、虚しい行動。

 

 

これからは諦める・認める・受け入れる

 

この三銃士とともに生きていこうと考えてみる。

 

 

もともと発達障害レベルに人とコミュニケーションが取れなかった自分は、

 

その答えを探して模索の日々でした。

 

 

少しずつ何かが変わったとは思うけど、

はっきり言ってものすごく苦しい。

 

 

この苦行が自分のためになるのだと思い込んでいたら、いつの間にかそれが当たり前になって

 

苦行してない自分がダメとか

できない自分がダメ、

超えられない自分がダメ、

人の輪の中に入れない自分がダメ、

 

全部ダメ、ダメ、ダメと無意識に否定し続けていた。

 

人は何かが偏ってはいけない。

否定することが真っ向から良くなかったとは言わないが、

限度を超えてしまった。だから死にたくなるほど現実が辛く思える瞬間が山ほどあった。

 

 

成長はしたい。

 

でも成長させるために自分を否定しては特に成果もあげられずずっと苦しいままだってことは今まで自分に気づいてあげられなかった。

 

 

自分は素直になることが怖い

 

人とずれてることにコンプレックスやわだかまりをもった経験が何回もあるから。

これも間違いではない。

 

人間は社会的な動物だから、

ある程度コミュニティに属したほうが生きやすいのだ。

(私はコミュニティに依存したくはない)

 

コミュニティの中で情報を得たり、幸福を得たり、新しい自分を発掘できる。

 

明日からすぐ変わることはできないが、

また少しずつ自分を肯定していきたい。

 

✖️

〇〇ができない自分

=価値がない、ダメ、愛されない

 

〇〇ができない自分

=けど〇〇はできる

 

人の価値は友達の数やスペックやお金で測れないし、

ダメってそもそもなんで真っ向からそうなってしまうのか。

また愛されない原因は別にあるし、

人気者になったってたぶん心の飢えや孤独は消えないだろう。

 

 

羨ましい、

うまくできない、

失敗した、

苦手、

欠点、

間違えた、

ミス、

 

こういった負もあって人間なのに、

今までというか今もすんなり自分に受け入れることはできない。

時間がかかりそうだ。

 

 

 中学生のころから飛躍的に進化したと思う。

コミュニケーション能力、

倫理観、

センス、

まだまだと思うけど、そこにはまだ成長したいというモチベーションがある。

(これを現実の自分との自己否定につなげては苦しくなる)

 

自分をもっと好きになるために、

自分の弱いところはしっかりわかるようになりたい。

 

マイナスなことがあれば

「それが今の自分なんだ」と。

反抗的であれば少しずつ頑張ろう。

 

否定的な自分も自覚して、「あ、いま否定的だわ」って感じ取りたい。

 

むっちゃがんばってここにいるのだと。

過去には感謝したい。

 

むちゃくちゃな文章をこのインターネットの海の中に投稿することもある種の覚悟だし、

良いや別にこんな文章公開してもって思って、完璧を求める頑固さを認めていく。

 

 

バランスを取る難しさ。

人生って船かな。